指しゃぶり卒業?
2024年7月に保存されていた下書き↓
今日は3歳の娘が寝るときどうしてもずっとずーっとやめられなかった指しゃぶりをしなかった。
もともとやめる努力はしていて本人もやめたいけど眠くなるとやりたくなる。と言っていてついつい癖で指が口へ、、、
たまに声かけするくらいであまり言わない方がいいかと思っていた。
歯医者でもやはりやめようねという話になりゆびたこも試して撃沈していたので指しゃぶりしなかった日はできたねシールを貼るというカレンダーをもらった。
その日はなんとか頑張って、寝る時やはり指しゃぶりしてしまったけどとりあえずやる気を起こさせるためにシールを貼った。
そしてその日からシールは貼れなかった。
次回の歯医者が来週に迫ったとき、娘に「シールあんまり貼れなかったけど持ってきてねって言われたからカレンダー持ってかなきゃね」と言うと、自分で指しゃぶりやめる!と言ったが、その夜は寝る前にとてもイライラし出した。指しゃぶりしたい!と何度も言いジタバタ手足を動かしていた。隣にいたので何度か蹴られたが今は娘も頑張っているんだとそのまま見守り、ついに泣き出したので「じゃあ、、指しゃぶりする?」と聞いてみると「しない"!」と泣きながら言い抱きついてきた。「すごいね。頑張ってるね」と言うともっと泣きながら「ママ、けってごめんね」と言った。正直ちょっと感動して泣きそうだったが「ママは大丈夫。頑張ってるところが素敵だと思うよ」と伝えた。しばらくすると泣き止んだ娘はとても嬉しそうで、頑張る。と言いお気に入りのタオルを持ちいつもの寝る前のおしゃべりを始めた。
イヤイヤ期がなかなか抜け切れておらず、今回のジタバタしている時も本当は「じゃあもうやめなよ。そんなに怒るならさ」と言いたかったし「ママ蹴られて痛いんだけど、悲しいから蹴らないでよ」とかいつもだったら言ってしまっていた気がする。でも今回は本当にがまんしようとしているのが伝わってきたから黙っていたのだ。娘にもそれが伝わっていて、娘も自分の気持ちがママに伝わっていたとわかったのだと思う。泣きながら抱きついて、自分でもどうすればいいかわからない感情を受け止めて欲しかったのだ。
そして、指しゃぶりしないで寝ることができた。
娘の心の成長に、おおげさかもしれないけど涙が出た。明日はできないかもしれない。でも今日できた。癖とか習慣をがまんするなんて大人でも大変だしストレスがあるのに。えらいよ。。。
できた!が自信になると思う。
今日できた。このことが本当に大きな一歩だ。
2024年11月、現在も指しゃぶりやめられず。。
7月のこの日のことなんてとっくに忘れちゃってたなぁ。ブログの下書きに保存されててよかった。頑張ってた姿を思い出した。すぐ怒らず見守る姿勢も大切だって思い出した。子育てしてると自分のいやなところと向き合わなきゃいけない時があり目を背けたくなる。だけどいつでも全力な子どもが相手だからこそちゃんと向き合って、自分とも向き合ってぶつかって行くしかない。完璧なママじゃないから一緒に成長させてくれ。よろしく、娘たち。
とりとめもなく、ひとたまりもない
スーパーのレジでふとベビーカーの娘を見ると最近結べるようになったのでちょこんと頭のてっぺんでひとつにしていた髪がほどけていた。あれ?とどこかに落ちてるかなとキョロキョロしているとレジをしてくれていたおばさまが娘の玉ねぎのような髪型をみて「あら?赤ちゃん髪の毛ほどけた?」と気にしてくださった。店内ぐるっと見てきてあげたいけど、とまで言ってくださったがお仕事のお邪魔をするわけにはと会計後自分でぐるっと周って見て来たが落ちていなかった。
家に帰り着替えると娘の服の背中側からぽろっとヘアゴムがでてきた。ここにいたのかぁ。
ヘアゴムってすぐなくなるからと軽く見られがちだが、わたしは毎日上の娘の髪を結ぶのに使っていてお気に入りの色や質感?絶妙な結びやすいかたさのものがあるのであまり無くしたくない。高いものじゃないけど買うたび何色かセットになっているから使わない色やかぶる色もある。だから見つかってとても嬉しかった。
次の日、上の娘を園へ送り届けた帰りにスーパーへ買い忘れたものと夫に頼まれたものを買いによると昨日のレジにいた方が品出しをしていた。
通り過ぎるとき覚えてるかなぁと思っていたら娘に手を振ってくれたので昨日無くしたと思ったヘアゴムが服の中から出てきたことを話すとあらよかったわねぇ!と喜んでくださった。
赤ちゃんかわいいねぇ、でもお母さん毎日は大変だよね。ゆっくりお買い物してってね。と優しく言ってくださり朝から幸せな気持ちになる。
子どもが生まれてから人に迷惑をかけてしまう状況が発生することを避けられない場面が増えた。人に頼っていかないと子育てはできない。抱え込まずにどんどん頼ってね!ということを言ってくれるのは産院の方や親族、役所の担当者だけで世間の人々はみんな大人でも自分のことで精いっぱいという印象。頼っていいのは頼ってもらえる準備ができている人である。
親が肩身の狭い思いをしないためには周りの状況をよく見て避けられる迷惑は避ける、突然発生してしまう迷惑(と言われてしまう)状況になったら申し訳なさそうにしてあるいは「すみません」とぺこぺこしてその場をなるべく早く離れる。
ママになり4年目、だんだんそういう処世術が身についた。驚くことに同じママでも自分の子はやらないからという理由で批判したり冷ややかな対応をしたりする。わたしが遭遇した場面ではまだイヤイヤ期を経験していない1歳くらいのよちよち歩く男の子を連れた夫婦が、スーパーの入り口で床にひっくり返ってヤダ!!となっている2歳くらいの男の子と困り果てる母親を見て何かふたりで喋っていてしばらく黙って見ていたかと思うと「すみません、カート取りたいんですけど」ととても冷たく(わたしにはそう聞こえました)言い、言われたママさんは「あっすみません、、」と子どもの手をひっぱり引きずるようにしてどかしていました。そしてカートを押して通り過ぎるときに「迷惑だよね」というような内容のことを旦那さんの方に言っていて、わたしに聞こえたからこのママさんにも聞こえたかも、、、と思ったらママさんは子どもに「もういい加減にしなさい!」と怒鳴りそのまま駐車場の方へ引っ張って連れて行きました。
そのうち来るイヤイヤ期に直面して初めて人の気持ちがわかるのか。でも自分の子のイヤイヤ期が軽かったら一生わからないし考えもしないのかもしれない。人の気持ち。
今の子育て論は大抵、子どもに怒鳴ったり感情的に接してはいけないという。イヤイヤしていてもそうだねぇイヤだねぇと子どもの気持ちを受け止めてあげましょう。と。
公の場では子どもを叱るフリ、というか周りへ聞こえるように子どもへ注意するのがマナー?ご迷惑になるでしょ!やめなさい!と。それは子どもの気持ちをうけとめているのか?子連れでは買い物すらこんなにも体力とメンタルを削られる。
子持ちでもまだ経験していない人には理解されず、過ぎた人にはこれから先もっと大変なことがあるんだからそんなことでメソメソするな(親が)と言われる。
実際、娘のイヤイヤ期に娘と共に泣きながらケンカのようになってしまったのはわたしです。。
3歳になっても片足まだイヤイヤ期から抜け出さないように感じる日々。でもたまにすごくかわいいことをしてくるのがまた愛らしい。かわいくてこのやろうってかんじ。
ああ何が言いたいのかわからなくなってきた。
とにかく、微笑みと想像の時代に変わればいいのに。
CHARAさんのFANTASYという曲。高校生のころCMで流れてたなぁ。なつかしい。
この頃から(2007年)CHARAさんは歌ってるのにまだ微笑みと想像の時代にはなっていないなぁ。
今までメンタルが強かったらよかったのにと何度も思ったけど、最近気づいた。メンタルを強くするって鈍ることかもってこと。何かあるたびにその都度落ち込んで、音楽きいたり映画みたり本読んだり漫画よんだりして起き上がろう。メンタル強くするとかもうやめよう。みんなメンタル強くなったら終わりかも。アートも本も音楽も楽しくなくなる。メンタル弱弱でやっていこう。
最近買った本。好きです。最果タヒさん。

ネガティブ・ケイパビリティ
"しあわせは食べて寝て待て "という漫画と出会い、柔らかい絵の雰囲気やセリフ、理解され難い病気と付き合いながらゆっくり生きることを選ばざるを得なくなり、それでも前向きに生きようとする主人公とその周りの人々の日々の暮らしの様子に流れるように読み進めた。
そして第9話で出てきたネガティブ・ケイパビリティという考え方が印象的だった。
主人公と仕事繋がりの友人が食事中、友人が嫌なことがあると家族との思い出があるとろろの定食を食べに来る。と言い、それは自分にとってネガティブケイパビリティなのだ。と語ります。
会話抜粋します。
「自分ではどうにもならない状況を持ちこたえることをそう言うのですって。能力って普通、何かができることを言うじゃない?けれどもわたしみたいな人間には…いえ、40を超えて先が見えてきた人間にはできない自分を受け止める能力の方が必要な気がするわ。」
「そんな考え方があると救われます。社会って生産性や向上心があってこそ認められる場所だから。わたしみたいに頑張れない人間は何かいつも気後れしてしまって…」
自分ではどうにもならない状況をなんとかしようとするのではなく何もせずに持ちこたえる能力という考え方があるって確かに救われるなぁ。
できない自分を受け止める能力。
社会では周りに評価されにくいというかされないかもしれないけど、自分のためにこの能力を使いたいなぁ。
風邪からの副鼻腔炎が長引いてやっと治った病み上がりにこの話を読んだからなんかじーんと染みたのかも。
自分がこの先ずっと元気にはりきって毎日を精力的に過ごせるわけじゃない。
体が弱っている時は心も弱気になる。
なんとかしないと!と焦ってしまいそうなとき、何もできない、進まない自分を責めてしまいそうなとき、一度、ネガティヴケイパビリティを思い出したい。
最近みた暗い映画たち
「正欲」「ある男」「母性」「市子」
ネタバレしまくりです。
正欲
全然思い出せない。特筆することなし。
母性
うーん。暗かった。母視点と娘視点で印象が違うのが怖い。親になっても母の愛をずっと受けたかったルミ子。母からの愛がずっとほしかった清佳。どっちも幼い子どものように母親へ依存している。林に囲まれたピンク色の家。黄色い車。ホラー映画のような色味でずっとうっすら不気味で不穏。登場人物もなかなか癖がありこういう人いるよねって感じじゃない。
母性ない親でも子どもって育つけどやっぱり母から愛してほしいよね。愛されていたって思いたいよね。これって母から娘へさらにその娘へ呪いのように繋がっていくよね。
今はママ大好きな娘もそのうち他のことに興味が湧いて友達もできてママよりも友達、彼氏を優先して自分でなんでも決められるようになっていく。それって寂しい気もするけど極めて正常なことだと改めて思った。愛情と依存はちがう。
かわいい子ほど旅をさせろってこんな危険な世の中で簡単に言うなと思ってたけど健全な精神のためにはいろんな角度から物事を見て自分で判断する心を育てた方がいいかも。いろんなことに挑戦する心の基盤を愛情をかけて作ってあげられたらいいな。親って悩みが尽きない。こんな映画みるんじゃなかった、、、ていうのは冗談で母性って題材、いいなぁと思った。男性が描くともっと違った見え方になる気もする。
ある男
とてもよかった。ある男、谷口について調べていくうちに、妻夫木聡さん演じる城戸が、とても親身になり家庭にも影響するほどのめり込み、自分と重ねていることがわかる。死刑囚の息子だったある男は戸籍を変えていた。この仲介人役の柄本明さんが怖かったー。在日だろ?と煽られても最初はフッと笑っている城戸も在日っぽくない在日はつまりめちゃくちゃ在日ってことなんだと言われつい言い返してしまう。ここもよかった。人権派の弁護士で最初からずっといい人で何を言われても困ったような愛想笑いをしていた主人公の感情が見えた。自分の愛した人がもしかしたら犯罪者だったのかもしれないという立場の里枝。息子の何度苗字が変わればいいの?という問いに本当のことを伝える。血は繋がっていなくとも谷口をお父さんと呼び本当の父のように慕っていたこの子と母の関係もとてもよかった。お父さんは犯罪者でもなく本当に自分たちを愛してくれていた、お父さんにとっても幸せな日々だったとわかり、お父さんが死んでしまったことは悲しくないけどさみしい。お父さんに話したいことがたくさんある。と話すシーンは涙が出ました。妹には僕が伝えるよ、と。結果的に死刑囚の孫にあたる妹は将来事実を知った時どう感じるのだろう。でもこの母と兄がついていればきっと大丈夫なんじゃないかな。
ラストシーン、城戸は谷口を名乗っていた。本当に戸籍を交換したのか、旅先でそう語っているだけなのかはわからない。はたから見たら幸福そうでも、本人の苦悩は誰もわからない。ルネ・マグリットの複製禁止という絵画に重なる城戸の後ろ姿。
自分という人間の背景にあるものによって生じる苦しみや生きにくさ。わたしには想像もつかないその重い鎖。考えさせられる作品でした。
市子
今やっているドラマのアンメットを楽しく見ているので杉咲花さんと若葉竜也さんだ!と事前情報なしでみました。
うん。市子。市子ぉぉ〜。。。
ある男でもあった戸籍についての問題がよりリアリティのある感じで描かれている。
離婚後300日問題。名前は聞いたことあって知ってはいるけれど、どういう経緯で無戸籍の子が発生し、その後どんな人生を送る可能性があるのか、ということがわかる。
わたしも見終わった後この問題やそれについての取り組みについて調べてしまった。そういう意味ではとても意味のある作品だと感じた。
アイデンティティとは。自分ってなんだろう。
当たり前に戸籍もあるし公に名前も書ける。
それがなく、自分を偽りながら生きていかないといけないとしたら。
考えさせられる作品でした。
筋ジストロフィーの妹の呼吸器を外すシーン、しんどかった。。
はぁぁ。。
それにしても見たい映画がたくさんある。
そろそろ沖田修一さんの映画がみたい。
定期的にみて癒されたい。大好きな監督さん。
さかなのこ、まだみてないからたのしみだな。
歯医者
歯医者での待ち時間は寿命を削られている気がする。
はぁ。こわい。
大人になってもずっと苦手。
妊娠中の歯科健診から産後半年以上通っていなかったのでレントゲンやら歯ぐきの検査やらクリーニングやらしてもらう。
子どもの頃に虫歯になったところのかぶせものの下が虫歯になっているらしい。
その時点でほんとに泣きそう。
銀歯の下ってどうやって治療するの。
歯科助手の方が新人のようで先生や他の助手の方とのやりとり、施術が初々しい。
歯科医を目指す方や歯科助手を目指す方々は職場というほぼ毎日通う場所が歯医者というのが平気なんだよなぁ。
すごい。
定期的に通うことが大切だけど定期的に通うことが本当にいやです。
子どもには歯医者嫌いになってほしくないからピンク色の壁がかわいい小児歯科へ通わせている。
フッ素塗布やシーラントをしてもらい定期検診で歯医者は定期的に行くものと覚えてもらっている。
3歳の今もうひとりでスタスタと診察室へ入って行く姿がわたしにはまぶしい。えらいよ。
はぁ。しばらく通わなきゃいけない。
命に関わる病気じゃない。通えば治る。
はぁ、、、通います。
ブラック・ローズ
コーヒーとラムのカクテルを飲みました。
とってもおいしかった。ラムの香りとコクがコーヒーをさらに美味しくしている。
コーヒーも出しているバーでジャズが流れる店内で夕方に飲んだのだが、外でお酒を飲むなんて久しぶりで贅沢な時間を過ごせた。
薄暗い店内で急いで撮ったらブレまくっていた。

免許更新からのスタバ
ハガキが届いてからしばらく経った気がする。このままだと忘れてしまう。
若い頃、意外と期間があるなぁと思ってハガキをしまい込んでしまったら更新期間の最終日の前日にはっと思い出し絶望したことがある。その日は土曜日で更新手続きができなかったのだ。調べると幸い日曜日でも免許センターなら受け付けているということで向かったのだが、車で2時間近くかかったうえに混んでいた。日曜日しか更新できない忙しい人たちに紛れて期間ギリギリでここに来るしかなかったようなまぬけはわたしだけだろうなぁと思った。講習は30分だったのだが免許更新のために1日がかりといった感じ。
そんなどうしようもないわたしに日曜日を潰されながら面白がって着いてきてくれたのが今の夫だったりする。
そんなことを思い出しつつ5年ぶりの免許更新へ。
本当は近所の警察署でこんな簡単に更新手続きできるんだよね〜。楽勝楽勝。と考えていたため日焼け止めにまゆげだけ描いて抱っこ紐にマスク、メガネといういつもの子ども送迎スタイルで行ってしまった。
用紙に記入してふと隣を見るとジャージ姿に顔だけばっちりメイクのお姉さん。そこで初めて免許更新に写真撮影があったことを思い出した。
視力検査のあとこちらへどうぞーと写真撮影スペースへ。伊達メガネのため視力検査のときからメガネは外していたのでマスクだけ外し、もうどうしようもないか、とカメラの前へ立った。
「あ、お子さんの頭入ってますねー。もうちょっと下げられますか?」
とのことなので思い切り首を伸ばして少し顎が上がった結果、なんともいえない表情の顔写真が出来上がっていた。これで5年か。長いなぁ。
日々の子どもたちとの思い出を残すための膨大な写真たちにたまに写り込む微妙な写りの自分に慣れてきていたため、これも味だな。と思えた。
帰りに買い物のため寄り道をして久しぶりにスタバへ。夫はスタバが好きじゃないのであまり一緒にいるときに行けないのだ。たまにわたしが買って強制的に飲ませて確かに美味しい。と言わせているが好きにはなってくれない。理由のひとつが値段。見合う価格なら高くても買う人なので彼の中で商品と価格が釣り合ってないのだろう。
そんなことはどうでもいい。スタバで本当は新作を飲みたかったがどうしてもまだまだ寒いのでホットにした。
注文を受けてくれた店員さんが「赤ちゃん可愛いですね、おでかけですか?」と聞いてくれたので免許更新へ行ってきたと答えると「お子さん連れて免許更新行かれたんですね。すごいですね、お疲れ様でした。」と笑顔で言ってくれた。優しい。育休中ということで平日大人との会話がかなり減っている中、今こういうことがあったよと会話できることは幸せだと思った。大げさかな。
